仙台猿員

健全なブログを心がけます

ろうきゅーそ

籠球+窮鼠…。

そう、それは車に乗り込んだ瞬間から。所定の場所でタバコを吸い、他のメンバーと駄弁っている時から。ボールやバッシュを持って体育館を出た直後から。練習を終えて、後片付けや着替えをしている最中から。コート上でドリブルをしたり、パスを回したり、シュートを放ったり、リバウンドを制している場面から。照明を点けて、用具を出して、他のメンバーがやってくるのをぼんやり待っている間から。定刻通りに体育館に到着したところから。最寄りのコンビニで必要な飲料水を購入している時から。ハンドルを握ってから。玄関で靴を履いてから。自室を出てから。その日の昼から。その日の朝から。前日の夜から。前日の昼から。前日の朝から。2日前から。3日前から。1週間前から。1ヶ月前から。2ヶ月前から。言うなれば、〇〇月〇〇日にバスケの練習があると確定した地点からずっと、僕は追い詰められて逃げ場を失った鼠なのです。つまり、窮鼠。

まあ、これを窮鼠と表現することはあまり適切ではないでしょうけれど、そこは僕の強い意向で窮鼠と表現させて頂きたい所存。そもそもが子年ですからね、自分。


ONDがまだ仙台にいた頃は、僕もまだ窮鼠ではありませんでした。
ええ、当ブログでは中古肉便器の女子大生の次にお馴染みの後輩ONDです。

ONDがバスケに参加した時はきまって、大体毎回いつも何名かのメンバーと連れたって晩飯を食べに行っていました。ONDはそれをとても楽しみにしていました。

「リーモさん、今日も終わったら飯食いに行きますよね?どこ行きましょうか!」。

とりあえず100%断らない僕を確保してから、当日参加している他のメンバーにも声をかけて、大体の顔ぶれが決まってから皆で場所を探す。探すといっても大抵、幹線道路沿いに店舗を構えているファミレスやラーメン屋辺りに落ち着くわけですが、まあ、そうして共に汗を流したメンバーと愉快にテーブルを囲んでいたのです。そうなるとええ、必然的に会話も弾みます。その日の練習であった出来事を中心にグロテスクな下ネタから真面目な人生相談まで、話題には事欠きませんでしたからね。沢山のFワードやオピニオンがまるでジェイソン・ウィリアムスのアシストパスのように多彩に繰り広げられ、盛り上がりすぎてうっかり午前0時を回っていたなんてこともしばしばでした。

この頃はそうですね、バスケ終了後には可能なメンバーで晩飯を食べに行くことが定番コースというか、むしろ完全に1つのカルチャーとして根付いていましたか。ONDが不参加だった時は僕や後輩のSGWRが主導して。また、食後に同じ敷地内のTSUTAYAに皆で寄ってみたりとか、駐車場から徒歩圏内の公園に夜桜見物に出向いてみたりとか、時折延長的なイベントなんかもありました。

でも、僕は常日頃から不安で一杯でした。「(近いうちに必ず終わりがくる…^^)」。B'zのいつかのメリークリスマスとは逆に、いつまでも手を繋いでいられるような気はしていなかった。チームの代表としてこのプレシャスタイムを全力で享受しつつも、やがて訪れるであろう破滅と孤独な未来に危機感を募らせていたのです。

2014年の春にONDが仙台を離れてからも、カルチャーはしばらく続いていました。

ONDの代わりに僕が声がけするようになり、可能なメンバーと連れたって晩飯を食べに行ってはいたのですが…。しかし、年を追うごとに段々と減少。昨年はまだ7~8回ぐらい機会がありましたが、今年に至っては僅か2回のみ。もはや廃れる寸前です。

原因はそう、僕の人望が不足しているアレではなく、ONDが仙台を離れてから順次環境が変化していったことが最大のアレでしょう。

SGWR夫妻は子供が大きくなり、奥さんの方も平日はパートタイマーで働き出した。
KNE先輩は度重なる怪我や家庭の事情によって、自然とバスケから遠のいてしまった。
同級生のMSYは子育てに夢中で、SZKは配置転換等によるシフト変更で参加する時間を作りづらくなった。

他のメンバーも結婚とか、転職とか、転勤とか、進学とかでAnd Then There Were None―。いやはや、仕方がない。こればかりは仕方がない。僕も状況を理解しているから無理に誘うことはしない。また、誘ったところで99.9%断られることも理解しているから、精神的なダメージを最小限にとどめようと「じゃあ、今日はお疲れ^^」だけで済ませておく。そもそもにおいて、メンバーそれぞれに大なり小なりライフステージが変化していく中、僕だけ圧倒的に何も変化がない。ONDがまだ仙台にいた頃と同様、独身で彼女もいないままである。もっといえば、僕が別の同級生に誘われてチームに参加しはじめた2011年の秋からずーっとだ。虚しい。悲しい。苦しい。まあ、ライフステージに変化がないからこそ、チームの代表を務めつづけられる訳ではありますが、それもそれでどうなんでしょうか。

「最近はバスケどうすか?皆で飯食いに行ったりしていますか?」

「うーん、最近は全然だね。ほぼ皆無に等しい…^^」

「マジすか!?それ寂しいっすね。俺がチームに戻ったら、毎回飯行きますよ!やっぱ皆で飯食って話すの楽しいですからね!」

「オーケー、君が帰ってくるのを待ってるよ…^^」

9月に東京は八重洲地下街のアロマ珈琲でONDと冷コーをしばいていた時、こんな会話があったりもしました。ちなみに2013年は年間トータルで20回以上は行っていたと思います。それが5年後には2回ですからね。これでは僕も窮鼠になってしまう。やはり、チームにONDは必要だ。


いや、こんなはずでは、こんなはずではなかったんですけどね。
2012年の秋にONDから代表を引き継いだ時点ではそう、こんなはずではなかった。

・バスケに興味はないけれど、毎回の練習に快く送り出してくれて、晩飯を作って帰りを待っていてくれる彼女or妻

・バスケはプレーできないけれど、毎回の練習についてきてマネージャー的な役割をこなし、終了後に一緒に晩飯を食べに行く彼女or妻

・バスケ大好きでプレーもできて、毎回の練習にも休まず参加して、終了後に一緒に晩飯を食べに行く彼女or妻

ええ、上記のいずれか1つは叶うと思っていました。むしろ、叶えたかった。叶えたかったんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ何も叶わない。何も叶えられない。ふざけてんのか。人生なんてクソだ。クソだボケがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああFUCKFUCKFUCKFUCKFUCKFUCKFUCKFUCKFUCKFUCKKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILL中古肉便器の女子大生殺す。「リーくんがバスケしてるとこ見たいな!」。交際中に言われたこのセリフが、今もまだ心に引っかかっています。当時、僕は別のチームに所属していましたが、チーム内の方針や人間関係に嫌気が差して参加を拒んでいたのです。だから、見せたくても見せられなかった。チームの事情的にも、僕自身の心情的にも、とても女子大生を連れていけるような状況ではなかった。結局、それを実現できないまま女子大生とは破局を迎えて、僕もそのままバスケを引退しました。復帰も考えていませんでした。ただ、引退直後から熱心にリクルートされてはいたのです。上の方でも登場した、別の同級生に。女ですが。「体育の授業のバスケみたいな感じだけど、リーモは経験者だから普通に上手くできるだろうし、そもそも人少ないからマジで来てほしい!!」。次第に心境の変化もあり、僕は首を縦に振りました。引退から2年が経過した2011年の晩秋でした。いざ行ってみると、本当に人が少ない。僕を含めて8人。これでも多い方だという。しかし、参加メンバーや全体の雰囲気だけは悪くなく、ここならやっていけると感じたので続けることにしました。それで2012年、ONDから代表を引き継いで本格的にチーム作りに着手していき、2013年には総勢30人規模のチームを作り上げることに成功。毎回の練習に安定した人数が集まり、練習終了後には皆で晩飯を食べに行き、時には市内の他のチームと交流試合なんかも開催したりしてさあ、すっげーガチのマジで頑張ったんですよ。僕は。そして、だいぶ遠回りはしたものの、ようやく女子大生を連れていけるチームが見つかった。しかも、それは自らの手でメイキングした。まあ、とうの昔に破局していた女子大生、しかも口を開けば歴代の元カレの話しかしない、親の金で大学に股開きに行っていたような中古肉便器のために作ったわけでは決してないけれど、当時叶えることができなかったアレを叶えられる瞬間が訪れて云々。「おい……見てるか中古肉便器……オマエを連れていけるチームがここにあるのだ……!!」。でも、だからこそ、チームを率いる僕にピッタリな彼女が欲しかった。僕が次に叶えるべきは女子大生の殺害ではなく、ライフタイムをリスペクトすることだとはっきり理解していた。家族や友人達を安心させたいし、メンバー達にも祝福されたかった。もっといえば、チーム内で出会って交際にまで発展したかった。しかし、2018年12月28日現在、御覧の通りのパンチライン吉野家で、すき家で、CoCo壱で、仙台っ子ラーメンで、徳島ラーメン人生で、あるいはコンビニの弁当を購入して自室で、僕は孤独と焦燥を噛み締めながら1人でエモーショナルに食しているんだ。淡々と、粛々と。その姿はまるで追い詰められて逃げ場を失った鼠そのもの。つまり、窮鼠。やはり子年ですからね、自分。

今年、僕はチームを解散しました。

そして、自分についてきてくれるメンバーと共に新しくチームを立ち上げ、今はそちらでひっそりと活動しています。理由については、チームの継続および存在そのそもが強大なストレスになったからでしょうか。はい。まあ、特にここ2年ぐらいは内紛もあったりしましたし、ともなって忌まわしいメモリーも多くなったので一旦リセットすることにしたのです。

sendaisaruin.hatenablog.com

忌まわしいメモリーの筆頭といえばこれですね。
この頃から、自分が窮鼠になってきたと述懐します。

自分についてきてくれたメンバーは、解散前の半分ほどでしょうか。もう4、5人ぐらいついてきてくれると思ったのですが、そこは個人の意思を尊重して無理にリクルートはしませんでした。本音としては「今まで誰のお陰でバスケできたと思ってんだよクソボケどもが」って感じですけど、まあ、こればかりは仕方がないです。あと、解散の引き金になったクソアナル野郎には、いつどこで遭遇しても罵声を浴びせる準備はできているからよろしくメカドックですね。もう存在自体がストレスだからマジで早急に自殺してほしい。大喜びで香典送りつけてやるよ。だから死ね。

そんなわけでどうでしょう、人間のクズが率いる愉快なチームであなたもバスケをしてみませんか?

仙台市および近郊にお住まいで一般的な社会常識を持ち合わせている方であれば、年齢不問、性別不問、経験不問でオールウェルカムです。また、終了後に一緒に晩飯に食べに行かなくても大丈夫です。そうですねー、スポーツマン然とした爽やかな笑顔の裏にとんでもない闇を隠しているような人間よりは、こうやって色々と包み隠さずにオープンな人間の方が信用できると思います。逆説的に。それに僕以外のメンバーはほとんどが既婚者、かつ比較的まともな人ばかりですから御安心ください。僕が群を抜いてやべーやつなだけです。

お問い合わせはインスタの方にDMください。
→→→https://www.instagram.com/reamo1000die/
特に浜辺美波似か吉岡里帆似の女子大生、ハイパーウェルカムです。


ということで、34歳独身ならではのペーソス溢れる内容でお送りして参りました。

今月中旬にバスケ納めをしたのですが、その翌日から見事に風邪をこじらせてしまい、ここ10日ほどは夜間の外出を控えて自室で大人しくしております。年末にかけてこれといって予定が入っていなかったことは幸いでしたが、それもそれで悲しい34歳独身彼女なしでございます。風邪も風邪で治ったのか治っていないのか判断がつかない状態なんですが、諸症状はおさまっているので大丈夫でしょう。多分。

振り返ってみるとそうですねー、良いか悪いかでアレしてしまうとまあ、そんなに良い1年ではありませんでしたか。来年は穏やかに過ごすことができればいいですね。それでは2019年もセイムURL、セイムブログでごきげんよう