仙台猿員

健全なブログを心がけます

短冊が燃える

七夕まつりも終わりましたね。

まあ、もう2週間も前じゃねーかよって話ですが、今年も開催されていましたよ。6日、7日、8日に。仙台七夕まつり。前夜祭である5日の花火大会も含めて、杜の都がドラマティックに華やぎ、ロマンティックに彩られ、ファンタスティックに煌めく、鮮烈でエモーショナルな4days…。

台風等の影響もあって開催中の天気は今一つといったところでしたが、下手に真夏日猛暑日になるよりはマシだったのではないでしょうか。列島各地で頻発していた40℃には遠く及びませんが、この夏は仙台でも過去の最高気温を更新しましたからねー。37.3℃、さすがに暑かったですよ。平日開催であることは年の巡りだから致し方ないにしても、むしろ気温の低さが幸いして人出はそこまで悪くなかったみたいですし、それでいて湿度の高さとフェスティバルならではの熱気で各種ドリンク類も普通に売れたでしょうし、ええ、皆さんが楽しめたならそれでいいんじゃないですかね。

僕はそうですね、今年も七夕まつりには行っていません。

ええ、今年"は"ではなく今年"も"です。最後に行ったのは17年前、高校3年生の時にまで遡ります。前夜祭の花火大会も6年前が最後になりますか。34歳独身の深刻な七夕まつり離れです。

それにしても何故、じつに16年も七夕まつりから遠ざかっているのかといいますと、これは単純に相手がいないからですね。相手。もっと突き詰めて表現するならば、彼女ですか。彼女。ガールフレンド。

まあ、僕的には端から頑として行きたくないわけではありません。出来ることなら行きたい。やはり仙台の夏の風物詩ですし、こう見えて祭事とか結構好きだったりするので。大混雑する仙台駅前で苦労しながら合流したり、はぐれないように手を繋いで歩いたり、途中にカフェで休憩したり、調子に乗ってビールなんか飲んだり、豪華絢爛な吹き流しに感嘆したり、短冊に書かれている願い事なんかを読んで笑い合ったりしたいんですよ。でも、誘える相手がいなければ誘ってくれる相手もいない。だから、行けない。だから、行かない。それだけのことです。そして、無駄に16年という月日を重ねてしまったのです。わかりますか、この罪の重さ。

前職で愛知県にいた1年を除くと、0/45(15年×3日間開催)という惨状。天候や気温に合わせて「今日行くとしたら半袖短パンだな^^」とか「夜から行くなら上着あってもいいかも^^」と虚しくオブセッションして終わる3日間。仕事中、七夕まつりに向かうであろうカップルやファミリーを見かける度に「僕もそういう人生を送りたかった…^^」と悲嘆に暮れては力を注ぐ希死念慮。だから最近はわりと真剣に考えていますよ、こんな人生だったら来世に期待して電車に飛び込んだ方がマシなんじゃないかと。もう、いっそ。はい。

もはや皆さんお馴染みの女子大生もそうでした、七夕まつりが終わった後に交際が始まって、そこから翌年の七夕まつりまで続かずに破局…。もし、あのまま交際が続いていたとしたら、七夕まつりに行けていたかもしれません。念願の彼女と、ええ。悲しいなあ。ただ、交際中に光のページェントに誘った時は「混むから行きたくない」とかノータイムで断られたりもしたので、これでは七夕まつりも危うかったでしょうか。はあ、マジで殺すしかないですよねー。


ちなみに最後に行った17年前の七夕まつりは、最終日の8日。
地元のフレンド4人に僕を含めた5人で夕方から会場に繰り出しました。

その年によって3人だったり4人だったり5人だったりしましたが、何気に中学3年生の時から毎年欠かさず七夕まつりに行っていました。アーケード街の端から端までを歩いて、ファミレスで晩飯を食べて帰るだけでしたが、それがただ無性に楽しかったのです。若かったからでしょうか。

とはいえ、そんな中学3年生から続いてきた恒例イベントも、各々の進学や就職等であっさり潰えてしまったのです。否、来年以降から確実になくなることは、七夕まつりが始まる前からすでに分かっていました。そして、友人グループという選択肢が消失するからこそ、来年以降も継続して七夕まつりに行くには彼女という存在が必要だったのです。

「(来年からは彼女と七夕まつりに行けますように…^^)」

しかしながら、17歳のリーモ少年の願いは未だに叶わず、それどころか七夕まつり自体に行かなくなりました。さらに17年後、34歳独身彼女なし―。6日、7日、8日の夜は自室に篭ってずーっとスマホドラクエ8をしているというクソっぷり。ああ、人生やめたい。

そうですね、7月末に軽い気持ちで始めたドラクエ8のせいでブログの更新が滞りました。案の定。今日現在でプレイ時間はトータル56時間、闇のレティシアまでストーリーを進めています。はい。

でも、17年前はチャンスがあったといえばあったんですよね。
ひょっとするとひょっとしていたら6日か7日に彼女と七夕まつりに、なんてことが。

「まだ募集していますか?17歳です、よかったら返事ください!」

2001年の6月、僕のPHSに1通のメールが届きました。
それは昨年末、2000年の12月に登録したメル友募集サイトからでした。

「仙台に住んでいる高校2年生です!身長高くてバスケやってます!ファッションとパンクロックが好きです!似たような趣味の子がいたらメールしましょう!よろしくお願いします!」

さすがに一字一句まではっきりとは覚えていませんが、概ねこんな感じのプロフィールを公開して同年代の女子高生からのメールを待っていたのですが…。

2000年頃は無数のメル友募集サイトが存在していましたが、僕が登録したサイトはアングラ臭全開の怪しい類いではなく、普通にDDIの公式サービス内で紹介されていたサイトでした。現在だと、ドコモのDメニュー内にある公式アプリと表現すると伝わりやすいでしょうか。だからこう、サイト自体に限っては安心安全なものでした。しかも、すべて無料。

しかし、どうしてメル友募集サイトなんかに手を出したのか。
それは、校内での恋愛にいい加減見切りをつけたからです。

当時通っていた高校、僕の学年は"10年に1度の大凶作"と恐れられたほど、右を見ても左を見てもブスばかりという悲惨なアレだったのです。まあ、誇張でも大袈裟でもなく、ガチのマジで本当にブスばかりでした。女子全体のおよそ90%がブスというブス地獄。インターネット上ではブスと呼ばれていたりもする声優の洲崎綾とか芸人のアンゴラ村長がストライクな僕でも拒絶するレベルの強烈なブスが揃っていました。いや、それはまた同じブスでも性質が異なるというか、なんというかもうとにかく酷かったのですよ。そして、入学早々から男子間で激しい競争が繰り広げられ、僅か10%のまともな部類の女子を獲得することができなかった者は、ステータスの為だけに無理してブスと付き合うか、"10年に1度の大豊作"と謳われた1学年下に参入するか、もしくはバイトや合コンやメル友等々で校外に活路を見出すしかなく…。

実際、ブスと付き合い始める男子は多くいました。ナチュラルボーンのブス専は例外として、入学当初に「共学なのにブスばっかで高校選び失敗したよ…」と嘆いていた奴ほど、後々になって堂々と付き合っていたから面白い。3日で慣れたわけです。

大豊作だった1学年下で見事に彼女をゲットした同じバスケ部の奴もいたのですが、その彼女がとんでもないメンヘラヤリマンビッチで交際2週間で破局なんてケースもありましたねー。なお、セックスは交際1週間で済ましたとのこと。

僕も同じクラスのHNUさんにひっそりと淡い恋心を抱いていましたが、よりによって僕と同じ中学出身の奴と付き合いバージンロスト。さらに、そいつと破局後には間髪を入れずに同じクラスのイケメン野郎と付き合いだし、僕は泣きました。ただただ泣きました。悔しい、と一言また泣きました。

自分的に結構可愛くて気に入っていた隣のクラスのYMSKさんもそう、信頼できる情報筋から校外に彼氏がいることを聞かされて絶望しました。

黒髪ショートヘアーで笑顔と八重歯がキュートだった弓道部のHNUさんはダメ、茶髪ショートヘアーでツンとしたクールな雰囲気が魅力的だったYMSKさんもダメ。これではメル友を募集するしかありませんよ。また、部活動に励んでいてバイトをする暇がなかった状況を鑑みても、それは必然的に。ええ。

で、そこで見つけたのが上述のメル友募集サイトだったというわけです。

システムとしてはそうですね、利用者はプロフィールを公開して募集する側、その公開されているプロフィールを閲覧して応募する側の二択になっていまして、僕は迷うことなく前者を選択しました。まあ、メールを待てばいいだけで楽でしたからね。あとはこう、自分で探して見つけ出すよりも、誰かに見つけ出して欲しかったんですよ。今もそうですが。

そして、プロフィールを見て僕とメル友になりたいと思った女子は、まずサイト側の要項に沿ってメールを送信します。そうすると、サイトを介して応募してきた女子の簡単なメッセージやメールアドレス等を記載したメールが僕に届き、こちらから直接メールをすれば関係が成立、そこからは各自で好きにやってくださいというアレでした。とはいえ、応募してきた女子に必ずメールをしなければいけないルールはなく、その辺りの判断は僕(募集する側)にすべて委ねられていました。

そんなわけでプロフィールを公開してすぐに応募がありました。

某甲子園常連私立高校でバスケ部のマネージャーをやっているという同い年の女子からでした。勿論、即メールを始めました。翌日には高偏差値で知られる市立高校の1歳上の女子からの応募があり、そちらともメールを始めました。さらに翌日には1日で5件ぐらいの応募があり、その翌日以降も間断なく応募が続きました。

「………^^」

5日間でトータル30件という怒濤の応募数に参った僕は、その殆どをろくに確認もせずに削除した挙句、辛うじて続いていた最初の2名とのメールまで放棄しました。正直、こんなに応募が殺到するとは夢にも思っていませんでした。たしかに掲載順が新しく、プロフィールにも女子の胸や膣をときめかせるようなワードが躍っていますが、幾らなんでもトータル30件は無理です。相手にできません。まあ、当時の僕がそこそこの器量と技量を持ち合わせていれば、女子高生の新鮮な生アワビを上手いこと入れ食いできる状況を作れたりもしたのでしょうが、そこは残念ながらアレですね。童貞でしたし、不器用ですし。はい。

しかし、年明け以降はぱたりとメールが届かなくなり、3年生に進級する頃には登録していたこと自体、すっかり忘却の彼方にありました。そして、県大会1回戦敗退(出場時間0秒)という結果で最後の高校総体を終え、部活動を引退したタイミングで半年ぶりにサイトからメールが――。

送り主は僕と同じ17歳、日本三景某町在住の女子高生からでした。

まあ、さすがに驚愕しましたね。今頃になって、新たに応募があるとは。だって半年ぶりですよ。実在している人間かと訝しんだぐらいです。でも、わざわざ僕を見つけ出してメル友になってみたいと応募してきてくれたのです。掲載順だって相当古くて後ろの方だったろうに、何か感じるものでもあったのでしょうか。だから、とりあえず三景ちゃんとメールしてみることにしました

「(ファッション)雑誌はCUTiEとかZipper読んでるよ!」
「そうなんだ、僕はBOONやSMARTが多いね^^」

「今日は家庭科の実習で浴衣作ったんだー♪」
「僕は部活の方に顔出してバスケしてきたよ^^」

「リーモくんは進路どうするの?大学?」
「服飾系の専門学校に行こうと思ってるよ^^」

半年前はメールを続けることに苦痛を覚えたりもしていたのですが、三景ちゃんとのメールはそんなことはありませんでした。下手に力を入れることなくできたというか、互いに似たようなペースだったともいうか。基本1日1通、多くて4~5通ぐらいのやり取りもよかったのでしょう。

「そういえば、リーモくんて彼女とかいるの?」

なんだかんだでひと月近くメールが続き、間もなく夏休みに突入するかという頃、三景ちゃんからの突然のクエスチョンに僕はどう返信しようか頭を悩ませました。そうですねー、彼女なんていたことすらないのだから、素直に「彼女いないよ^^」とメールすればいいだけの話でしたが、当時は彼女がいないことを"恥"だとアレしていたので、ええ。同性ならまだしも、異性に対してその事実をありのままに伝えることに躊躇いを覚えました。

ただ、嘘は平気でつくけれど見栄は張りたくない性分なので、ここは男らしく「今まで彼女いたことないんだよね…^^」とメールしました。

「同じだね、私も彼氏いたことないんだ…!」

いやはや、これはもう交響曲第5番ハ短調、作品67でしたね。そう、運命。ともに17歳にして異性との交際未経験、これはひょっとするとひょっとしたら初めての彼氏と彼女になれるかもしれない――。

僕は三景ちゃんを七夕まつりに誘おうと思いました。8日はすでに地元のフレンド4人と行くことが決まっていたので、6日か7日のどちらかに。三景ちゃんには折角だから家庭科の実習で作った浴衣を着用してもらって、僕もここは購入したばかりのwhizのTシャツを着用して、わくわくドキドキの緊張の初対面を果たした後に一緒に七夕まつりを見て歩きたいと願ったのです。

しかし、実現することはありませんでした。
夏休みに突入してすぐ、三景ちゃんとのメールをまたも放棄してしまったので。はい。

「今日は夜にライブに行ってくるんだ^^」
「ライブいーなー、楽しんできてね♪」

夏休みの初日にですね、バスケ部のメンバー数名とライブに行ったのですよ。同じクラスの奴のバンドが出演するからと、無理矢理チケットを買わされて。で、そこでテンションが上がって騒ぎすぎたメンバーDQN系の客とトラブルを起こしてしまい、その当該メンバーの「やべーみんな逃げるぞ!!」というシャウトと共に定禅寺通から仙台駅まで全速力で走って逃げるなんて出来事があって、すげー疲れたんですよ。

「かくかくしかじかで昨日は散々だったよ…。起きてからずっと頭痛い^^;」
「大変だったね…今日は無理しないで休んでた方がいいよ!メールの返事も明日でいいからね!」

そして、明日も明後日も明明後日も三景ちゃんにメールすることなく、そのまま17年が経過してしまったのでした。


ということで、少々長くなってしまいましたが、七夕まつりに関するセンチメンタルなエピソードをお送りしました。

七夕まつりに誘ったところで三景ちゃんが応じてくれたどうかはアレですが、一体どんな子だったのでしょうかね。僕がゴミカスウンコすぎて会うことは叶いませんでしたが、一目でいいから会ってみたかったですよ。だからそうですねー、私こそはあの時の三景ちゃんだという方はインスタにDMください。現在34歳、僕みたいによほどレールから外れてさえいなければ、普通に結婚して普通に子供がいたりすることでしょう。それならNTRも悪くないですねえ。

そもそもに於いて、メールを放棄した理由が不明すぎますね。我ながら。

刺すか刺されるかぐらいの険悪な状態にあったならまだしも、極めて良好なメル友としての関係を築いていたにも関わらず…。謎です。ただ、その後に三景ちゃんの方からもメールがなかったことを思えば、まあ、そうですね。

七夕といえば短冊ですが、機会があった方はどのような願いごとをしたためましたでしょうか。

僕にはそのような機会が訪れないのでアレですが、きっと来年こそは、来年こそは、来年こそは―と願い続けて17年。いつになったら願いが叶うのか。もし、一生叶わないというのならば、かくなる上は8月8日に七夕まつりのフィナーレに合わせて短冊と共に自身を燃やすしかないですよ。クリスロードかぶらんどーむのどちらかで。ガソリンをかぶって。盛大に。まず女子大生の居所を突き止めて、レイプ→殺害→レイプと満を持してからですが。一方で自分が直接手を下さない、他力本願的な女子大生の死亡も8年前から同時に願っているのですが、これも一向に叶うことがありません。そもそもが大小問わず根本的に願いが叶わない。

先月も酷かったけれど、今月前半なんかも特に散々でしたよ。もう何をやっても裏目に出てしまう。真逆の結果、最悪の結末を迎えてしまう。これは下手に動かない方がいいと悟ったからこそ、自室に篭って仕方なしにドラクエ8をしていたのです。しかしながら、1年の中で最も活況を呈す中心市街地の光景を想像したり、僅かに聞こえてくる花火の音から会場の様子を思い浮かべたりしますと、こんなクソみたいな人生は続けていく意味があるのかなって。

(この願いが叶わぬ現状に耐えかねて嗚咽を漏らしているのは誰だ!)

誰か僕を知りませんか、誰か僕を知りませんか。
哀れ叶うこと知らずの34歳独身よ。