仙台猿員

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夏と修羅

あれは昨年の8月の出来事でした。
 
地元の居酒屋に一同に介した小中の同級生、計12名(男10女2)。
この日はLINEグループ等で定期的に連絡を取り合っているお馴染みの顔ぶれだけでなく、中学校を卒業して以降、音信不通だったり消息不明だったりした同級生も何人か集まりました。
 
しかしながら、その集まった何人かの同級生というのが、僕を含む主要メンバーと大して仲が良くなかった上、さらに十数年のタイムラグ。そのせいか、開始前からすでに如何とも言い難いぎこちない空気が生み出されてしまってはいたものの、それでも各々が努めて楽しく飲み、近況を語り、また懐かしい思い出話に花を咲かせていました。
 
「この中で結婚してる人、はいっ!手、挙げてみてっ!!」
 
開始から30分ほどが経過した頃だったでしょうか。1人が来月に入籍するという会話が端緒となり、確認という意味で今回の幹事役(女)が全体に呼びかけてみたところ、なんと過半数以上の9名が手を挙げたのです。
 
手を挙げなかった3名、まずは言わずと知れた僕ですね。自称仙台のテッド・バンディ。
そして、来月に入籍予定の男。まあ、その時点でもう殆ど既婚者のようなもの。
 で、残りの1名がそうですねー、女子高生との淫行で逮捕された経歴を持つ男というね。はい。
 
「(おいおい、僕は犯罪者と同じレベルなのかよ…^^;)」
 
12名中既婚9名、入籍予定1名、独身2名。うち片方は前科持ち。
この結果には、言うまでもなく大変ショックを受けました。自殺したくなりました。
 
僕と似通った境遇の独身であれば特にノープロブレムでしたが、前科持ちですよ前科持ち。しかも、淫行。女子高生と淫行。新聞にも載ったレベル。
 
というか、今回は誰が呼んだのかわかりませんでしたが、存在しているだけで空気が悪くなるから来ないで欲しいんですよねー。前科持ちですし。僕を含む主要メンバーには蛇蝎のごとく嫌われている上、誰からも話しかけられることがないにも関わらず、何故か平然とした顔で参加してくるからすごい頭おかしい。僕だったら仙台、宮城、東北、日本――いや、もうこの世にいられません。女子高生と淫行して、警察に逮捕されて、新聞にも名前が出て、地元中に知れ渡って、そのせいで正社員として採用されずフリーターとか。終わってますよ。
 
まあ、いっそ開き直って「女子高生のオマンコ気持ちよかったンゴwwwww」とかネタにする奴だったら、破天荒野郎として多少は受け入れられていたかもしれません。しかし、当の本人は気の利いたジョークの1つも言えず、挙句に無駄にプライドだけ高くていじられることを嫌うタイプだから救いようがないです。いわゆる陰キャ。

あとはそう、僕は参加できなかったので現場には居合わせませんでしたが、数年前の中規模同窓会ではひたすら女ばかりに話しかけ、さらには狙いを付けた女が乗ったタクシーに強引に乗り込み、自宅にまで押しかけようとするといった問題行動を起こしていたとのこと。マジでどうしようもないクズです。ゴミです。また、その同窓会で再会した別の女相手に事前のアポイントメントなしで東京まで会いに行くなど、もはや総合的に頭おかしい。異常な行動力を兼ね備えているのもヤバい。男女関係なく誰にでも分け隔てなく接する幹事役(女)にすら、キモいから無理、と避けられているレベル。米村でんじろう似の顔でB-BOYみたいな格好しているのもダサい。
 
ただ、僕もそんな嫌われ者の淫行野郎と同レベルでしかないのです。独身というだけで。
僕だってなにも好きこのんで独身でいるわけではないのに、どうしてこうも生きづらいのでしょうか。この世は。30代に突入してからは孤独感、劣等感、焦燥感にひたすら苛まれるばかりの人生です。
 
 
確か、13日だったと記憶しています。この日は。
女子大生との交際が決まった日もそう、13日。2009年の8月13日。奇しくも同日だったのです。
 
朝10時に仙台パルコ前の円形ベンチで待ち合わせて、僕の運転する車に乗って名取市閖上ビーチに向かいました。閖上ビーチでは1時間ぐらい波打ち際でちゃぷちゃぷしたり、砂遊びをする女子大生と共同でどの角度で胸チラが見えるか見えないかを検証していました。閖上ビーチの後は仙台空港近くの公園に行ってみたのですが、想像以上に混雑していたので近場のショッピングモールに移動し、そこで遅めの昼食を取ることにしました。1階のレストラン街付近で大学の同級生(♂)とばったり遭遇した女子大生。「何でこんなとこにいるの?www」という問いかけに対して、「えへへ。今日は、デートなんだ…!」と回答していた光景が今でも忘れられません。昼食後はHMVヴィレッジバンガードなどを見て回りました。あとは公衆の面前で「頭ぽんぽんされるの好きなんですよw」とか超アピールしてきたので、お望み通りにぽんぽんしてあげたりもしました。もうすっかり恋人同士のような雰囲気でした。ショッピングモールを後にして、今度は山を切り拓いて作られた住宅街のさらに上の方に位置する公園に行きました。太平洋まで眺望できるドラマチックな景色が売りの公園なのですが、女子大生は景色そっちのけで四つ葉のクローバーを探していました。公園から住宅街を下って市街地方面に車を走らせている途中、上空の雲行きが若干怪しくなってきました。雨降ってきそうなんて呟いたら、「じゃあ、仙台駅に着くまで降るか降らないか賭けようよ!それで、負けた方が相手にして欲しいことをしてもらうの!」とか女子大生が提案してきました。僕は降らない方、女子大生は降る方に賭けました。「して欲しいこと、考えておいてね!でも、下ネタは禁止!」と言われたものの、下ネタしか思い浮かびませんでした。結局、雨は降ることなく、仙台駅に到着しました。東口の立体駐車場に車を停めると、女子大生が「私の負けだね!じゃあ、リーくんのして欲しいことするよ、言ってください///」と催促してきました。この期に及んでも下ネタしか思い浮かばない僕でしたが、咄嗟に下ネタ以外で一番無難なであろう要望が思い付いたので、それを女子大生に伝えてみました。「手、繋ぎたいか…。じつは私もね、リーくんにして欲しいこと、それだったんだ。同じだったんだね!!嬉しい///」。「どうする?車降りてからも、ずっと手繋いでよっか?私はいいよ、えへへ、じゃあ繋ごっ♪♪」。そうして女子大生と手を繋ぎながら、仙台駅前のペデストリアンデッキを歩きました。また、そんな状況で交わされた会話の中で互いの感情を確認し合い、晴れて交際が決まりました。ロフト、イービーンズ、パルコ等での愉快なショッピングを満喫してから、ドトールに入って改めて自分たちのプロフィールを紹介しあいました。元々、7月下旬に女子大生がmixiでメッセージを送ってきたことから始まり、8月5日に早々にリアルで対面してから僅か8日でのスピード交際。僕にとってはそう、苦心惨憺の末に25歳にしてようやくできた初めての彼女。ゆるめのパーマがかかった茶髪ショートの可愛い女子大生。あのメロディーが一番輝いていた夏、いつまでも手を繋いでいられるような気がしていました。
 
 
しかし、1年後の2010年はそれまでの人生に於いて過去最低、過去最悪の8月となりました。
 
2010年の3月にあっさり女子大生に捨てられた僕でしたが、当の女子大生は事前にmixi内で知り合っていた新しい男(田舎のクソミュージシャン崩れ)に早速乗り換え、さらに大学を卒業して1人暮らしを始めたり、社会人としての新たな一歩を踏み出したりと、まさに順風満帆の"バラ色の人生"(※本人がmixi内の日記でこう表現していました)を謳歌していたのです。
 
僕も当初は気丈に振る舞っていたものの、日を追う毎に荒みはじめていきまして…。
3月下旬から不眠の症状に罹り、4月には極度のストレスで急性胃炎になりました。その頃から女子大生との無理心中を仄めかすなど、もうまともな精神状態ではなくてですね。
 
まあ、捨てられた時点でmixi自体をやめておけばよかったのです。それが向こうに「別れてもまだマイミクでいようよ」とか言われたままにしたばかりに…。だからこう、そんな"バラ色の人生"日記とか、新しい男(田舎のクソミュージシャン崩れ)と過ごすであろうGWの計画とかを知り得てしまう羽目になり、余計に悪化させてしまったという寸法ですね。はい。GWは1泊2日で大内宿とアクアマリンでしたかね。ああ本当、殺しておくべきでした。

結局、友人達が尽力してくれたお陰で、凶行に及ぶ二歩手前ぐらいで踏み止まることができましたが、その後も僕の心に安寧が訪れることはありませんでした。大体GWがそうだったなら、8月だって旅行に出かけたりするでしょう。実際に当時、クソの方のtwitterを見たらやはり行っていたようで、ええ。どうして捨てられた自分が炎天下の中で休みなく仕事しているというのに、捨てた方は男と旅行に出かけてラブラブセックス三昧で人生をエンジョイしているのか―。求めたところで即座に得られるとは限りませんし、そもそも求めてしまうことが間違いでもあるのでしょうけれど、救済がなさすぎるんだよ。救済が。こんなのおかしいだろ、おかしいじゃないですか。2010年の8月、仙台市の中心から少し外れた場所で、僕の悲痛な叫びだけが虚しく響きわたっていたのです。
 
ゆえに、八方手を尽くしてもことごとく失敗ばかりで、いつでもオールウェイズ殺気立っていたあの2010年の8月を思い起こせば、2016年の8月の出来事など瑣末なものでしかないのです。
 
僕はそうですねー、女性に断られること、振られること、捨てられることを"恥をかかされた"と捉えます。だから今もって女子大生を殺したいという熱意は冷めやらず、昨年にアプローチに失敗した女子大生も同様に殺害したいのであります。どちらも受精するまで中出しレイプを繰り返した後、ロープで拘束してからガソリンを浴びせて着火着火着火着火!!!!!!!!

ストーカー殺人事件が発生する根源的な要因というか、本質的なメカニズムはこれだと思うんですよねー。過去の事例を見ても。はい。何かしらの"恥をかかされた"側の自分の人生が上手くいかず、そうして"恥をかかせた"相手が目下充実した人生を送っているとしたら、死という恐怖や絶望感を味わわせたくなるのが普通ではありませんでしょうか。いいえ、誰でも。
 
 
「前科持ちと同じレベルとかやばいわー、勘弁してくれよwww」
 
2016年の8月、僕は自虐的な独身ジョークを次々と披露し、笑いを取ることで自我を保ちました。しかし、まだ素肌の上で事件を起こしていないだけで、ストーカー殺人犯としての素養や将来性を考えれば、あながち僕も同等のレベルなのではないかと痛感します。

2009年の8月、25歳、人生の絶頂期にあった僕は7年後の未来を一体どのように想像していたのか。その答えは、コンドームの中で発射された精液だけが知っているのです。
 
さらに2010年の8月から早6年、あれからの幾多の耐え難きを耐えて忍び難きを忍んでも、人生は一向に好転することなく、状況は年々苛烈さを増していくばかり。そして、無情にもまた1年が経過した7年後の現在も、また――。
 
すべてこれらの命題は、心象や時間、それ自身の性質として、第四次延長の中で主張されます。
僕のmental sketch modified、夏と修羅。